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える「古典部の日常」

引用元:
1: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:15:27.63 ID:eVP4bQtW0

前スレURL
奉太郎「古典部の日常」 1
奉太郎「古典部の日常」 2
奉太郎「古典部の日常」 3
奉太郎「古典部の日常」 4
奉太郎「古典部の日常」 5
奉太郎「古典部の日常」 6

本スレは

奉太郎「古典部の日常」

の続編となります。

前作から読む事をおすすめします。

今の所、話数は未定となっております。
前作にあまり無かっただらだらとした日常を書ければ良いと思っているので、宜しくお願いします。


2: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:15:56.85 ID:eVP4bQtW0

それでは、第1話、投下致します。


3: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:16:22.34 ID:eVP4bQtW0

部室の扉に、向こうから手を掛けられているのはこちら側からでも分かった。

そして、ゆっくりと扉は開かれ……

俺は多分、いや……俺だけではない。

里志や伊原も、千反田が現れる事を望んでいたのかもしれない。

……そうであって欲しかった。

何しろ、古典部を訪れる変わり者など……今ここに居る三人を除けば千反田以外あり得ないからだ。

これが新入生が入ってくる時期、4月頃なら俺達はここまで期待はしなかったと思う。

だが今は1月、冬休みが明けてすぐの事だ。

それなら……もしかすると。


4: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:17:03.00 ID:eVP4bQtW0

俺は唾を飲み込み、扉が開かれるのを待つ。

早く、早く開けないか、何をもったいぶっているんだ。

驚くほど、扉が開くのは遅かった。

……いや、俺が時間を長く感じているだけか。

だって俺がここまでの考えをするのに、多分まだ3秒程しか経っていないからだ。

里志や伊原の動きも、扉同様遅かったのでそういう事なのだろう。

しかし、時間は確実に刻まれている。

ようやく、そいつの体が隙間から見える。

制服は……女子の物だった。

つまり、それは……!


5: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:17:29.76 ID:eVP4bQtW0

入須「……どうした、揃いも揃ってそう見られては、私も恥ずかしいのだが」

なんという事だ、ここまで必死に考えていたのに……この野郎。

奉太郎「……なんだ入須か」

入須「おい、今何て言った」

……つい言葉が漏れてしまったのだ、それを聞いていたとは嫌な奴だ。

里志「入須先輩、こんにちは」

里志「にしても……ホータロー、今のは流石にどうかと思うよ」

摩耶花「今の折木の顔、少し面白かった」

摩耶花「しかも、先輩の事呼び捨てにするなんて考えられないわ」


6: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:17:57.03 ID:eVP4bQtW0

こいつらも多分、俺と同じ事を思っていたのに……薄情な奴らだな。

……いや、俺一人を犠牲にすればそれでこの二人は助かるんだ。

なるほど、これが生存本能と言う奴だろうか。

……少し違うか。

奉太郎「いや、あの」

奉太郎「……すいませんでした」

俺が取ったのは最善の選択だった。

とりあえず謝っておけば、入須もそこまで気にしないと思う。

入須「全く、君は普段からそんな風に思っていたのか」

奉太郎「……そんな訳、無いじゃないですか」

俺はこれでもかと言うほどの爽やかな笑顔を入須に向ける。


7: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:18:28.69 ID:eVP4bQtW0

入須「……なんだその顔は、私を馬鹿にしているのか」

当の入須はそれを爽やかな笑顔だな、とは思わなかったが。

入須「……まあいい」

入須「君達、全員が残念そうな顔をしたのには見当が付く」

里志や伊原も顔に出していたらしい、それなのに俺だけに物を言うとは……やはり、嫌な奴だな。

入須「……千反田が来たと、思ったんだろう」

その入須の予想は、素晴らしくも当たっていた。

里志「……はい、入須先輩の言う通りです」

里志「間違いなく、僕達はそれに期待していました」

摩耶花「……」

里志は大体いつもの調子で、伊原は黙って首を縦に振り、それぞれ入須の質問に答えた。


8: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:18:56.14 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「……それで、用事はなんだったんですか」

奉太郎「あなたが古典部に来るとは、珍しい」

里志や伊原に反し、俺は悪態を付き入須に返答を促す。

入須「君は変わらないな」

入須「古典部へ来た理由か……」

入須「……そうだな、折木君が」

入須『入須先輩、わざわざ足を運んでくれるなんて光栄です』

入須「とでも言ったら教えようかな」

……絶対に言ってやるもんか。


9: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:19:37.57 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「俺がそれを言うと思いますか」

入須「いや、思わんよ」

奉太郎「……」

こいつは、何を考えているんだ。

俺には見当が全く付かない。

入須「でもな、私がある一言を言えば」

入須「君は間違いなく、さっきの台詞を言うだろうな」

ある一言……?

奉太郎「言わせてみてくださいよ、俺に」

そう入須を挑発すると、入須は若干もったいぶりながら口を開く。

入須「……千反田の事だ」


10: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:20:23.47 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「……」

俺は少し考える。

確かにその入須の言葉が本当なら、俺は間違い無くさっきの台詞を言うだろう。

しかし……しかしだ。

入須は本当に、千反田の話で来たのだろうか?

……俺には分からないが、多分。

入須はそんな冗談を言う奴では無いと言う事くらいは、俺にも分かった。

奉太郎「……分かりました」

奉太郎「入須先輩、わざわざ足を運んでくれるなんて光栄です」


11: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:20:54.02 ID:eVP4bQtW0

入須「……くっ」

今こいつ、笑ったよな。

俺はバツが悪そうに、視線を入須から逸らす。

里志「……」

摩耶花「……」

里志と伊原は、何か笑いを必死に堪えている様な表情をしていた。

……揃いも揃って、こいつら。

入須「……まさか本当に言うとは思わなかったよ」

入須「言わなくても、話はする予定だったんだがな」

……やはり苦手だ。

奉太郎「それで、その千反田の話、してもらいますよ」

入須「ああ、そうだな」

入須「……私から聞くよりも」


12: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:21:22.77 ID:eVP4bQtW0

入須「本人から聞いた方が手短に済むだろう」

何を言っているんだ、こいつは。

しかし俺の思考は止まっても、入須の動きは止まらない。

入り口の扉から少し離れ、何やら顔だけを廊下に出して合図をしている様に見えた。

そして、次にその扉から現れたのは……

える「……あの、こんにちは」

俺が、俺が一番会いたかった人だった。

……あの日、千反田は確かに言った。

さようなら、と。

そして俺は結局、最後まで言葉を掛けられなかった。

足があんだけ動かなかったのは初めての経験だった。

しかし今も、足が勝手にこんだけ動くと言うのも、初めての経験だった。


13: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:21:56.06 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「……千反田!」

俺はそのまま、千反田の近くまで行き、千反田を抱きしめる。

奉太郎「本当に、千反田なんだな」

奉太郎「いつもの、お前なんだな」

える「え、あ、は、はい」

その返答は、確かにいつもの千反田だった。

える「あ、あの!」

そして千反田は声を強くして、俺に申したい事がある様子だった。

える「……えっと、少し、恥ずかしいんですが……」

俺はその言葉で我に帰る。

入須は眉をひそめ、首を横に振っている。

これに台詞を加えるなら、やれやれとか、全く君はとか、そんな所だろう。


14: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:22:23.17 ID:eVP4bQtW0

里志はいつもより更に笑っていて、若干その笑顔が引き攣っている様にも見えた。

伊原はと言うと、顔を手で覆ってしまっている。

俺はそんな周りの奴らの反応を見て、初めて自分が千反田を抱きしめている事を恥ずかしく思った。

奉太郎「……す、すまん」

える「ふふ、いいですよ」

千反田は本当に、千反田だった。

いつもの笑顔が、それを俺に教えてくれる。

そしてゆっくりと千反田は部室の中に入っていく。

える「……ありがとうございます」

俺の横を通り過ぎるときに、確かに千反田はそう言っていた。

そのまま自分の席、いつもの席に千反田は座る。


15: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:22:50.83 ID:eVP4bQtW0

入須「……それじゃ、私はこれで失礼するよ」

える「ええ、ありがとうございました」

……結局、入須は何をしに来たのだろうか?

いや、そんな事はどうでもいい、今は……!

奉太郎「聞いても、いいか」

える「……ええ」

奉太郎「何故、学校に居る?」

える「……ふふ、私でも予想できました」

える「折木さんの言う事を予想できたのは、少し嬉しいです」

奉太郎「……そりゃ、どうも」


16: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:23:20.53 ID:eVP4bQtW0

える「……お話しましょうか」

里志「……うん、僕も気になるな」

里志「なんで千反田さんが今日、学校に来たのか」

摩耶花「私も、今思っている事が当たって欲しい」

摩耶花「……会いたかったよ、ちーちゃん」

こういう時、里志は結構凄いと思う。

全くもって、動揺している様子には見えなかったからだ。

伊原はそれとは逆で、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

伊原が言いたかった事は恐らく、千反田が本当に戻ってきたのか、という事だろう。

……俺は、どんな顔をしていたのかは分からない。

自分の事は難しいからな、仕方ない。


17: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:23:50.87 ID:eVP4bQtW0

える「あ、それよりも先に」

える「入須さんと一緒に来た理由から、お話した方がいいかもしれません」

意味があったのか、入須が同行していたのには。

える「実はですね……少し、一人で来るのが気まずくて」

奉太郎「……」

える「え、ええっと」

奉太郎「なんだ、気まずくて……の後は?」

える「い、いえ。 それだけです」

奉太郎「……はあ」

こいつは本当に変わらないな。


18: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:24:38.93 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「お前が入須と来た理由は分かった」

奉太郎「……それよりも、なんで今日来たんだ」

える「……やはり、言い辛いですね」

そう言い、千反田は顔を伏せる。

千反田を除く三人は、黙って千反田の言葉を待っていた。

やがて、顔を上げると……千反田は再び口を開く。

える「実は……」

える「その、父の容態が戻りまして」

里志「ええっと……」

摩耶花「……つまり、どういう事?」

える「あの、私も驚いたんですよ」

える「……結論から言いますと」

える「えっと……高校を辞める必要が、無くなりました」


19: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:25:05.55 ID:eVP4bQtW0

里志「……と、言う事は」

摩耶花「……えっと」

える「あの、ですから」

える「皆さんとまた一緒に、居られます」

摩耶花「つまり……」

里志「ううん……」

える「あ、あの!」

駄目だ、こいつらに任せていては多分……日が暮れてしまう。

かくいう俺も、状況をうまく飲み込めては居なかったが……まとめるくらいの事はできるだろう。


20: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:25:32.37 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「つまり」

奉太郎「千反田の父親は無事に千反田家を収める役目に戻り」

奉太郎「そしてそのおかげで、千反田も学校を辞める必要が無くなった」

奉太郎「また一緒に、古典部で活動できる」

奉太郎「……って事か?」

なんだ、俺も結局最後は本人に答えを促しているではないか。

……それより俺がまとめた事、合っているのだろうか。

える「ええ、そうです!」

える「……折木さんが居て、助かりました」

える「私本当に、父親の体調が直ったときですが」

える「あまりこう思ってはいけないのは分かりますが」

える「どうしようかと、思っちゃいまして」

える「折木さんにあれだけ言っておきながら、どうしようかと……」


21: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:25:59.73 ID:eVP4bQtW0

……なんだ、俺がこの冬休みに散々悩まされた事は無駄だったという事か。

奉太郎「そう、か」

くそ、千反田に俺の冬休みを無駄にされてしまったではないか。

里志「……僕は、なんとなくこうなるかと思っていたよ」

それに加え、新年の気分も最悪だったではないか。

摩耶花「本当に! 本当に良かったよ、ちーちゃん」

そしてついさっきまでも、最悪の気分だったではないか。

だが。

今は、とても良い、心地良い気持ちだった。


22: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:26:26.75 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「本当なんだな、千反田」

える「ええ、私一人では、とてもここまで来れなかったですよ」

える「……皆さんに、どんな顔をしていいか分からず……」

奉太郎「そんな事、どうだっていいさ」

える「そう、ですよね」

なんだか俺が随分悩まされていた時間が全て無駄になってしまったが、まあいいか。

とにかく、これでまた……古典部四人が揃った。


23: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 20:26:53.57 ID:eVP4bQtW0

時期は冬、新年だ。

今年は絶対に、いい年になるだろう。

春は出会いと別れがあり、夏にはまた多分……どこかに出かけるだろう。

秋は文化祭、去年楽しめなかった分、今年は楽しみたい。

そして冬には……今年の冬は、暖かく過ごせるかもしれない。

俺はこの一年に、今までに無い期待を寄せながら、ゆっくりと千反田に向け言った。

奉太郎「……さようならでは、無かったな」

える「……ええ、私の間違いでした」

える「また、お会いできましたね」

える「折木さん」


第1話
おわり


55: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:03:09.15 ID:t71y6NXN0

うう……寒い。

1月のとある日、俺は早朝から家を出ていた。

それも昨日、千反田から電話があり……内容は朝早くに会えないか、と言ったものだった。

俺は別にそれ自体が嫌では無かったし、二人きりで話す事もあったので気が進まないなんて事は全然なかった。

なかった……のだが。

まだ起きて1時間も経っておらず、完全に目が覚めている訳では無い。

それに加え外のこの寒さ……足が鈍るのは仕方ない事だ。

夜に少し雨が降っていた様で、道端にある水溜りには氷が張っていた。

それらをバリバリと割りながら、俺はあの公園へと向かっている。


56: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:03:36.89 ID:t71y6NXN0

厚着をしてきたのは正解だった……していなかったら俺は数時間後、冷たくなって見つかっていたかもしれない。

そんな馬鹿みたいな事を考えながら、途中にある自販機でコーヒーを買う。

奉太郎「……ふう」

冷え切った体に染み渡る、自販機に感謝しておこう。

しかし最後まで飲みきる前に、具体的には半分程飲んだ所でどんどんと冷めていってしまう。

この理不尽な現実に、俺は特になんとも思わず最後の一口を体に取り入れた。

そのまま自販機の横に設置されていたゴミ箱に空き缶を放り込み、再び俺は歩き出した。


57: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:04:20.89 ID:t71y6NXN0

奉太郎「……うう」

体がぶるぶると震える。

……確かこの現象には名前があったはずだ、ええっと。

なんとかリングとか、そんな感じだったと思う。

体温調整をする為らしいが……これで暖かくなるとは到底思えない。

……まだ走ったほうがマシだと思う。

だが俺は走る気もせず、再び体をぶるぶると震わせながら公園へと向かった。


58: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:04:49.02 ID:t71y6NXN0

~公園~

俺が公園に着くと、千反田は既にベンチに座っていた。

奉太郎「おはよう」

そう声を掛けると、千反田はすぐに振り返り俺に挨拶をしてきた。

える「おはようございます、今日も冷えますね」

える「これ、どうぞ」

そう言いながら千反田が渡してきたのは缶コーヒーだった。

俺はそれを受け取り、違和感に気付く。

確かに今日は寒いが……冷めすぎではないだろうか?

俺はほんの少しだけ考えると、一つの質問を千反田に向けた。


59: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:05:20.35 ID:t71y6NXN0

奉太郎「これ、冷たい奴か」

える「ええっと……間違えてしまいまして」

この馬鹿みたいな寒さの中、冷たい缶コーヒーを飲むことになるとは。

える「大丈夫ですよ、私のも冷たいので」

千反田はそう言うと、俺の手に自分の持っていた紅茶を当てる。

……確かに冷たいが、大丈夫という意味が分からない。

奉太郎「……ありがたく受け取っておく」

える「はい、どうぞ」

える「いつも奢ってもらってばかりな気がしたので……私の奢りです」


60: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:05:51.86 ID:t71y6NXN0

缶コーヒー1本でそこまで胸を張られても……反応に困ってしまう。

奉太郎「今度飯か何か奢ってもらわないと、割りに合わないな」

俺がそう言うと、千反田はムッとした顔をして、俺に向け口を開いた。

える「酷いですよ」

える「折角、折木さんが寒い思いをしていると思って……」

える「買って待っていたんですよ」

奉太郎「……」

奉太郎「……このコーヒー、冷たいけどな」

える「……そうでした」


61: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:06:17.26 ID:t71y6NXN0

どうにも千反田は本気で言っているのか、冗談で言っているのか判断に困る時がある。

これは冗談だろうと思って、反応を返すと本気で言っていたり……

かと思えば……本気で言っていると思って返すと、冗談で言っていたり、といった事が多々ある。

そして今回は本気で言っていた方か。

奉太郎「それで、朝から漫才をやる為に呼んだのか」

える「それもいいかも知れませんが……違います」

える「えっと……」

える「色々と、ご迷惑をお掛けしてしまってすいませんでした」

……やっぱりか。


62: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:06:44.23 ID:t71y6NXN0

奉太郎「そんな事か」

える「……そんな事って、私はそうは思いません」

奉太郎「……もう終わった事だろ」

奉太郎「俺は別に気にしてないさ」

その俺の言葉は、今の俺の本心でもあった。

しかしそれは今だから言えるのだろう、冬休みは本当に最悪の気分だったし、前に千反田とこの公園で話した後の数日間はろくに飯も食えなかった。

……だけどそれも、終わった事だ。

える「で、ですが!」

多分、俺がいくら言ってもこいつは心のどこかでそれを思い続けるのかもしれない。

なら、口で言っても駄目なら。


63: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:07:21.37 ID:t71y6NXN0

奉太郎「……」

パチン、と小気味いい音が乾いた空気に響いた。

える「……い、痛いですよ」

える「……折木さんのデコピンは、ちょっと痛すぎると思うんです」

奉太郎「なら丁度いい」

奉太郎「それで全部チャラだ、それでいいだろ」

俺がそう言うと、千反田は自分の頬を両手で叩く。

える「……分かりました」

える「もう、気にしない事にします」

奉太郎「ああ」


64: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:07:49.11 ID:t71y6NXN0

える「……そういえば」

ふと、千反田が指を口に当てながら、思い出したかの様に言った。

える「新年のご挨拶がまだでしたね」

える「あけましておめでとうございます」

少し遅い新年の挨拶を、丁寧にお辞儀をしながら千反田は告げた。

そういえば……確かに、まだしていなかった気がする。

もしかしたらしたのかもしれないが、千反田がまだと言うからにはやっぱりしていないのだろう。

奉太郎「すっかり忘れてたな」

奉太郎「あけましておめでとう」


65: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:08:20.76 ID:t71y6NXN0

~古典部~

今日は朝が早かったせいもあり、若干眠い。

その眠気から来る機嫌の悪さを俺は里志に向けていた。

奉太郎「それで、用事は何だ」

里志「まあまあ、皆集まってからにしよう」

里志の呼び出しで集められる時はあまり良い予感がしない。

それは俺がここ2年近く、古典部で活動する事で学んだ事の一つだ。

える「すいません、遅れてしまいまして」

里志「お、来たね」

摩耶花「これで揃ったけど……どうして急に皆を集めたの?」

里志「そうだね……」

里志「もうすぐで2月になるよね」


66: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:08:46.62 ID:t71y6NXN0

そんな事、カレンダーを見れば誰にだって分かるだろう。

待てよ……どこか辺境の地に住む人らは、日付の概念が無い可能性もある。

なら俺の言葉は訂正しなければならないな。

正しくは、カレンダーを見れば……日付の概念が無い人以外は誰にだって分かるだろう、か。

なんだか長くなってしまったので、やはり訂正しなくてもいいか。

える「あの、折木さん?」

奉太郎「……ん」

摩耶花「またくだらない事でも考えていたんでしょ、そんな顔してた」

どんな顔だろうか。

……私、気になります。 と言おうかと思ったが、部室に変な空気は流したく無いのでやめておいた。


67: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:09:15.29 ID:t71y6NXN0

里志「じゃあ、話を聞いてなかったホータローの為にもう1回説明するね」

里志「もうすぐで2月になるよね」

いや、そんな事……カレンダーを見れば誰にだって分かるだろう。

摩耶花「……ちょっと、聞いてるの?」

奉太郎「あ、ああ」

奉太郎「勿論」

釘を刺されてしまっては仕方ない、里志の話に耳を傾けよう。

里志「2月と言えばなんだと思う?」

奉太郎「……2月か」

奉太郎「寒いな」

里志「いや、そういう感想的な物じゃなくてもっとイベント的な奴だよ」


68: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:10:31.17 ID:t71y6NXN0

奉太郎「……バレンタインか」

里志「……ホータローも少し意地悪になったね」

里志「確かにそれもそうだけど、その少し前の事さ」

少し前……何か、あっただろうか。

……ああ、あれか。

奉太郎「節分か?」

里志「そう! それだよ!」

里志がいきなり大声を出したせいで、俺と千反田が一瞬怯む。

伊原は……慣れているのかもしれない、いつも通りだった。


69: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:11:00.22 ID:t71y6NXN0

奉太郎「それで、節分がどうかしたのか」

里志「節分と言ったら、何を想像する?」

える「ええっと、2月の節分ですよね?」

奉太郎「2月の? 他に節分など無いだろ」

里志「いいや、節分は元々季節の分け目の事を言うんだよ」

える「ええ」

える「立春、立夏、立秋、立冬の前日を節分と指すんです」

奉太郎「……ほお」

える「ですが、一般的には立春の前日の事を言うので、福部さんが仰っているのも2月のですよね?」


70: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:11:26.36 ID:t71y6NXN0

里志「うん、そうだよ」

える「なら……」

摩耶花「豆まき、って事?」

里志「そう、それだよ摩耶花」

何がどう、それなのか分からないが……

やはり、良い予感はしない。

里志「……古典部で豆まきをしないかい?」

える「良い考えです!」

その里志の提案に、即座に反応したのは千反田だった。

摩耶花「楽しそうね、私もやりたい」

そしてやはり、伊原もそれに続く。

奉太郎「ここでするのか?」

俺も別に、絶対にやりたくないと言う訳でも無かったし、このくらいならいいだろう。

嫌な予感と言うのも、外れてくれると有難い物だ。


71: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:11:53.04 ID:t71y6NXN0

里志「うーん、僕はここでもいいけど」

奉太郎「……いつも通り、本を読んでいたら駄目か」

今の言葉は試しに言ってみたのだが、里志はそれを冗談だとは思わなかったらしい。

里志「別にいいけど、豆を当てられながら本を読むのは……僕だったら嫌かな」

奉太郎「……ならやめておく」

部室で静かに本を読む俺、そこに現れる里志、千反田、伊原。

そして本を読みながら豆を顔にぺちぺちと当てられる。

……何か、おかしいだろ。

里志「ちょっと提案なんだけどさ、豆まき自体は皆賛成なんだよね?」

える「ええ、そうです」

俺は別に賛成とは一言も言った気はしないが……反対と言う訳でもなかったので、特に何も言わず続きを聞く。


72: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:12:18.30 ID:t71y6NXN0

里志「なら、ホータローの家で豆まきをしない?」

奉太郎「……何故、俺の家なんだ」

里志「僕の家でもいいんだけどさ、妹がちょっとね」

そういえば、里志には妹が居るんだった。

……随分と、変わり者の。

奉太郎「……ああ、そうだった」

奉太郎「なら、伊原の家は駄目なのか」

摩耶花「私の家も、ちょっと」

摩耶花「その……都合が悪いかな」

何か隠しているような顔をしていたが、そこには突っ込まない。

……俺だって、部屋はしっかりと片付けてからで無いと人を上げるのは少し気が引けてしまう。

俺でさえそう思うのだから、他の奴は更にそう思っている事だろう。


73: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:13:11.67 ID:t71y6NXN0

奉太郎「……千反田の家は」

える「私の家ですか……大丈夫ですよ」

里志「本当かい? 実はそっちが本命だったんだよ」

里志「千反田さんの家は広いからね、豆まきのやりがいがあるよ」

……悪かったな、俺の家は狭くて。

それにそっちが本命とは、俺は随分と失礼な奴を友達に持ってしまった。

結果的には俺の家でやる事は無くなり、良かったのかもしれないが……なんか納得がいかない。

しかし、それよりさっきから気になる事がある。

千反田ではないから、気になりますとまでは行かないが……少しだけ引っ掛かる事だ。


74: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:13:50.11 ID:t71y6NXN0

奉太郎「一つ、聞いていいか」

里志「ん? なんだい」

奉太郎「お前がやろうとしているのは、普通の豆まきか」

摩耶花「折木何言ってるの? 普通じゃない豆まきってどんなよ」

える「今の言葉、何か意味があるんですよね」

える「……私、気になります!」

ここで来たか、いや……少しだけ予想は付いていたが。

里志「……まあ、普通ではないかな」

……嫌な予感が当たってしまっただろう。

なんという事だ、今年初めの失敗はこれになりそうだな。


75: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:14:15.88 ID:t71y6NXN0

里志「ホータローは、どんな豆まきを予想しているんだい?」

奉太郎「……予想と言う程の事でもないが」

奉太郎「まず最初、古典部で豆まきをするのか、と俺が聞いたときだ」

奉太郎「その後、俺は本を読んでいて良いかと聞いたな」

里志「うん、それに僕は」

里志「顔に豆を当てられながら読むのは嫌だな、みたいに答えたね」

奉太郎「……普通、豆は人にぶつけないだろ」

摩耶花「ええっと、つまり?」

奉太郎「それに里志は広い場所を探していた」

奉太郎「千反田の家が本命だったと、言った様にな」

える「……と言う事は」

奉太郎「お前がやろうとしているのは」

奉太郎「……豆の、ぶつけ合いか」


76: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:14:42.61 ID:t71y6NXN0

里志「さっすが、ホータローだ」

……反対しておけばよかった。

節分で豆をぶつけ合う馬鹿が、どこにいるのだろうか。

摩耶花「わ、私は別にいいけど……」

摩耶花「そんな野蛮な事、ちーちゃんは」

える「私、やりたいです!」

里志「……決定だね、ホータロー」

奉太郎「……はあ」

ここに居た。

日本の、神山市の、神山高校に四人ほど。

俺は是非ともその馬鹿達の顔を見てみたい。

……帰ったら、一度鏡でも見てみる事にしよう。


77: ◆Oe72InN3/k 2012/10/02(火) 23:15:11.78 ID:t71y6NXN0

そんな成り行きで、古典部4人は何故か節分の日に豆をぶつけ合う事になったのだ。

里志が言うにはチーム分けをするらしく、なんだかこういう遊びがあった気がする。

ええっと、サバイバルゲームか。

決戦は確か、2月3日。

節分の日と覚えておけばいいだろう。

曜日は日曜日か、昼に集合と言うのも問題は無い。

ただ一つ、問題があるとするならそれは。

摩耶花「また、一緒になったわね」

伊原と同じチームになってしまった事だった。


第2話
おわり


97: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:22:18.22 ID:glc2EIhw0

里志「と言う訳で、そろそろ始めようか」

……とても面倒くさかったが、始まってしまった物は仕方ないか。

まあ、それはそうと里志のルール説明を理解しなければ。

里志「じゃあチーム毎に分かれて、10分後に始めよう」

奉太郎「ああ」

摩耶花「そうね、分かった」

える「ええ……! 負けませんよ!」

千反田はやけに張り切っている様だったが、今は敵だ……倒さねばなるまい。

というか、こいつは前に食べ物を粗末にするなという様な事を言っていた気がする。


98: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:22:49.95 ID:glc2EIhw0

奉太郎「そういえば、千反田」

える「へ? は、はい」

気合を入れていた所に、唐突に俺が話しかけたせいで変な声が出ていた。

奉太郎「この豆まきは、食べ物を粗末の内に入らないのか」

える「まさか、捨てる筈ありません」

奉太郎「……食べるのか」

える「いえ、それはちょっと、衛生上あれなので」

える「私の家には鳩がよく来るので、あげようかと思っています」

奉太郎「なるほど、それなら問題無いか」

える「心置きなく、投げてくださいね」


100: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:23:11.43 ID:glc2EIhw0

……それはどうかと思うが、問題は無いらしい。

そして俺達は二つに分かれる。

俺は伊原と共に、台所へと向かった。

千反田と里志は恐らく、あの氷菓の時に使った部屋に行っただろう。

奉太郎「お前と一緒のチームになったのは不服だが」

奉太郎「やるからには負けたくないな」

摩耶花「ちょっと、もうちょっとやる気が出そうな台詞とか無いの?」

やる気が出そうな台詞……

奉太郎「……頑張ろう」

摩耶花「……はぁ」


101: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:23:41.92 ID:glc2EIhw0

どうにも上手く行きそうに無いが、勝算はあった。

それよりルールを確認しよう。

確か、里志の説明によると……

里志『一人に割り与えられる体力は5』

里志『そして、一人の弾の数……ここだと豆の数だね』

里志『それはこの皿に乗っているのを半分にしよう』

里志『一度使った豆を拾って再利用は認めない』

里志『場所は千反田邸、全て』

里志『体力が無くなったら自己申告で頼むよ』

里志『それと、自分を倒した相手に手持ちの豆は全て渡す事』

里志『そうしないと、全部使い切ってしまう場合もあるからね』

里志『どちらか片方のチームが全滅したら残った片方のチームが勝ち』

里志『景品とかは無いけど……楽しんでやろうか』

との事らしい。


102: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:24:11.59 ID:glc2EIhw0

なるほど、確かにこれはやりがいがある豆まき……もとい豆の投げ合いである。

そして俺達に割り当てられた豆の数は20。

一人当たり10個と言った所だ。

奉太郎「伊原、準備はいいか」

摩耶花「抜かり無いわ」

摩耶花「……それにしても、ありなのかなぁ」

奉太郎「ルール違反ではないさ、そうだろ?」

摩耶花「まあ……そうだけど」

奉太郎「なら問題無い」

奉太郎「里志は俺達を甘く見過ぎていただけって事だ」


103: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:24:40.26 ID:glc2EIhw0

~える/里志~

里志「と、ホータロー達は考えている頃だろうね」

える「ええと……つまり、どういう事ですか?」

里志「このルールにはね、穴があるんだよ」

える「……折木さん達は、それに気付いていると言う事ですか」

里志「その通り、摩耶花だけならまだしも……ホータローが居るとなるとね」

里志「まず、間違いなく気付いていると思う」

福部さんが発表したルールの抜け穴……なんでしょうか?

える「す、すいません」

える「その抜け道を、教えて欲しいです」

える「私、さっきから気になってしまって」


104: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:25:17.07 ID:glc2EIhw0

里志「気になりますって奴かな」

える「ええ、その通りです」

私がそう伝えると、福部さんは特に焦らす事も無く、教えてくれました。

里志「……体力が0になった人の扱いさ」

える「え? それはつまり……どういう事でしょうか」

里志「このルールだとね」

里志「体力が0になった人はどうなるか……と言うのを決めていないんだよ」

里志「つまり……体力が無くなっても、離脱はしなくてもいいんだ」

里志「体力は無くなっても、攻撃が出来る」

里志「勿論それは、相方から豆を分けて貰ってからだけどね」


105: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:25:43.52 ID:glc2EIhw0

える「え、そんなの反則ですよ!」

里志「はは、そう思うのも仕方ない」

里志「でもね」

里志「ルールで縛られていない以上、可能なのさ」

……納得、できませんが。

それでも確かに、ルールを決めた福部さんが言うのなら……そうなのかもしれません。

でも。

える「……ずるいですよ、福部さん」

える「そんなルールでやるなんて、ずるいです」


106: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:26:11.71 ID:glc2EIhw0

里志「うーん……千反田さんにそう言われちゃうと、参っちゃうな」

里志「でもさ、ホータロー達もこれには気付いているんだよ?」

里志「なら別に、フェアじゃないって事は無いと思うけどな」

……それもまた、言えているかもしれません。

える「……分かりました、ですが」

える「折木さん達も気づいているのなら、私達が有利という事も無いですよね」

里志「果たしてそうかな」

何やら、考えがあるのでしょうか。

里志「例え体力が0になっても動けると言っても……二人同時に倒されてしまっては意味がないんだよ」

あ、それには気付きませんでした。

える「なるほど……」

そう言い、私が腕を組んでいると……福部さんが再び口を開きました。


107: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:26:50.42 ID:glc2EIhw0

里志「……なんだか、千反田さんを見ているとホータローを見ている気分になるよ」

える「え? どういう意味でしょうか」

里志「その腕を組んだりする癖、そっくりだ」

わ、私はそんなつもりは無かったのですが……

少し、恥ずかしくなり腕を組むのをやめました。

える「そ、そんな事は無いですよ」

える「それより、作戦を考えましょう!」

里志「はは、分かった」

里志「あまり時間も無いし、簡単に伝えるよ」

里志「実はもう、大体考えてあるんだ」

福部さんはそう言うと、少し声を小さくして作戦を私に教えてくれました。

なるほど、確かに理に適っています。


108: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:27:17.06 ID:glc2EIhw0


~奉太郎/摩耶花~

奉太郎「さて、どう出るか」

摩耶花「ふくちゃんの性格だと……様子見、かな」

奉太郎「……俺もそう思う」

開始までは後5分も無い、俺達が取るべき行動は……

奉太郎「なるべく二人で一緒に行動は避けたいが……そうもいかないな」

摩耶花「どうして?」

奉太郎「俺達はこの家の構造を把握していないからだ」

奉太郎「向こうには千反田が居るんだぞ」

摩耶花「あ、そっか」

摩耶花「ばらばらに行動したら、ちーちゃんの攻撃を避けられないって事ね」

奉太郎「そう言う事だ」


109: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:27:51.18 ID:glc2EIhw0

二人で動けば一見……攻撃される確率が高まる様に見える。

しかし、全ての構造が分かっていない場所では話が少し変わる。

更には敵側には一人、構造を完璧に把握している人物がいるのだ。

なら行動を共にして、視野を広く持った方が安全だろう。

奉太郎「まずは様子を見よう、あいつらは多分……ばらばらで来るからな」

摩耶花「分かったわ」

奉太郎「危険なのは里志だ、あいつの考えている事は時々わからん」

摩耶花「でも、ちーちゃんも結構危険よね」

奉太郎「……ああ」

摩耶花「……勝てる見込みが、無いんだけど」


110: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:28:19.87 ID:glc2EIhw0

奉太郎「やれるだけはやるさ」

摩耶花「あんた、珍しくやる気ね」

……確かに、言われてみればこの豆合戦を楽しんでいる俺がいた。

まあ、やらなくても良かった事なのは事実だが……やるからには、やはり負けたくは無い。

奉太郎「かもな、だが」

奉太郎「勝算は、あるだろ」

摩耶花「……そうね」

作戦は大体さっき話してある。

うまく行けば、負ける事は無いだろう。

さてと、そろそろスタートか。

まずは、廊下の様子を見る事にしよう。


111: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:28:45.57 ID:glc2EIhw0

~える/里志~

える「先手必勝、ですか」

福部さんが考えた作戦は、意外な物でした。

里志「そう、別に始まるまでここに居なきゃいけない理由は無いからね」

里志「ホータロー達が行ったのは台所だから、そのすぐ傍で待ち構える」

里志「僕が最初に突っ込むから、千反田さんは裏に回ってくれないかな?」

える「分かりました、挟み撃ちですね」

里志「うん、その通りだ」

里志「と言っても、中々相手も手強いからね」

里志「いきなり倒されたら豆が一気に10個も減ってしまう」

里志「それだけは気をつけてね」


112: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:29:12.50 ID:glc2EIhw0

そうでした、倒されたら豆を全て渡さなければいけないのでした。

単純に考えれば、私達の手持ちの豆が半分になってしまうと言う事です。

それに加えて、折木さん達の豆が増えるという事にも繋がります。

……気をつけましょう。

える「分かりました、任せてください」

える「この家は、私の家なので」

里志「頼もしい言葉だね」

里志「さて、そろそろ始まるから移動しようか」

里志「先手必勝、ホータロー達には悪いけど」

える「勝たせてもらう、という奴ですね」

里志「はは、本当に頼もしい」


113: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:29:38.52 ID:glc2EIhw0

福部さんはそう言いながら、廊下へと出ます。

私は反対側に行き、台所の裏手へと回りこみました。

こちら側の廊下からは、少し中が覗ける様になっています。

折木さんと摩耶花さんは何やら話している様子でしたが……しっかりとは聞こえませんでした。

そして時計に目を移すと、間もなく始まる時間を指す所です。

時計が……12を指し、豆まきがスタートしました。

……折木さん達はどうやら、最初は慎重に行く様ですね。

あ、折木さんが廊下に繋がる扉に手を掛けました。

駄目です!

そちらには、福部さんが!

……い、いえ。

今は敵なのでした、折木さんは倒さなければいけないんです。

私は、私のすべき事をするのです!


114: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:30:18.04 ID:glc2EIhw0

~奉太郎/摩耶花~

廊下に顔だけを出した俺に、最初に目に映ったのは里志の姿だった。

直後、飛んでくる豆。

その豆は見事に俺の額へと命中した。

奉太郎「いてっ!」

あいつ、全力で投げやがった。

豆もここまで本気で投げられると随分と痛い。

しかし、それに怯んでいては第二、第三の攻撃が来るのは想像に難くないだろう。

奉太郎「伊原! 逃げろ!」

台所の中に居た伊原に向け、声を発する。

その直後に、再び飛んでくる豆をなんとか避ける。

それと同時に俺も台所の中に避難し、伊原と一緒に裏手の扉から廊下に飛び出た。

……だが。


115: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:31:07.30 ID:glc2EIhw0

える「待ってましたよ、お二人とも」

それすらも読まれていた。

前には千反田、後ろは行き止まり。

そして俺達が来た方向からは里志が追っかけてきているだろう。

千反田はそのまま投げる格好をし、豆を投げてきた……と言うよりは、放ってきた。

俺はそれをなんなく避ける、避けたはいいが……

放られた豆は、一つではなかった。

千反田は豆を3つ、投げていたのだ。

1個は床に落ち、2個は伊原へと命中する。


116: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:31:37.90 ID:glc2EIhw0

える「あ、ご、ごめんなさい」

そう謝っているこいつは、とても申し訳無さそうな顔をしていた。

隙だらけではあるが……片方だけ倒してしまっても仕方ない。

いや、むしろ片方だけ倒してしまったらそれこそ不利になってしまう。

……そのルールの穴に、里志と千反田も気付いていての別行動だろう。

だが削っておく分には問題無いだろう……とりあえず一つ、千反田の頭へ向かって投げた。

俺が投げた豆は、千反田の頭に当たり跳ね返る。

える「い、痛いです……」


117: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:32:04.81 ID:glc2EIhw0

奉太郎「わ、悪い」

しまった、俺もつい謝ってしまった。

なんだこれは、謝りながら相手に豆をぶつけるゲームだったか。

摩耶花「何謝ってるのよ! 行くわよ!」

伊原はそう言うと、頭を抑えている千反田の横を通り抜ける。

俺は少しの後ろめたさを感じながら、それに付いて行った。


118: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:32:32.82 ID:glc2EIhw0

~える/里志~

や、やられてしまいました。

つい謝ってしまったせいで、お二人とも逃がしてしまいました。

福部さんに何と言えばいいのか……分かりません。

で、ですが! まだ勝負は始まったばかりです!

里志「はは、やっぱり逃がしちゃったか」

福部さんはそう言いながら、台所から出てきました。

える「……ごめんなさい、摩耶花さんに二つ当てたのですが、つい謝ってしまいまして」

里志「いいさ、千反田さんらしいじゃないか」

里志「それに、計算外って訳でもないしね」


119: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:33:06.04 ID:glc2EIhw0

える「そ、そうですか」

える「では、次の作戦があるんですね?」

里志「勿論」

里志「千反田さん、ホータロー達が逃げて行った先には何があるんだい?」

える「ええっと」

える「まず最初にあるのがお風呂ですね」

える「次にそのまま真っ直ぐ進めば客室が左右にあります」

える「突き当たりには物置部屋もありますね」

里志「ず、随分と部屋が多いんだね」

そうでしょうか? 確かに少し多いのかもしれませんが……そこまで驚く事でも無いと思います。


120: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:33:36.29 ID:glc2EIhw0

里志「ま、なんにせよ」

里志「好都合だよ」

える「……どういう意味ですか?」

里志「つまりホータロー達はその部屋の内のどれかに居るって事でしょ?」

里志「なら、ここより前の部屋に行くにはここを通るしかない」

里志「……分かるかな」

える「なるほど、と言う事は」

える「袋の鼠、と言う訳ですね」

里志「そう、ホータロー達はもう逃げ場が無い」

里志「片方はここで待機して、もう片方はしらみ潰しに部屋を探す」

里志「それで僕達の勝ちさ」


121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/10/04(木) 23:34:04.90 ID:glc2EIhw0

える「分かりました!」

里志「部屋を探すのは僕がやるよ」

里志「千反田さんは今度こそ、宜しくね」

える「はい、任せてください」

今度は絶対に、逃がしません!

里志「はは、張り切ってるね」

里志「じゃあそんな千反田さんに取って置きの技を教えておくよ」

取って置きの技……なんでしょうか?

福部さんは少し声のトーンを落とし、私にその技を教えてくれました。

……やっぱり福部さんは少し、ずるいです。

でも、これを使えば確かになんとかなるかもです。

……私、頑張ります!


122: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:34:46.79 ID:glc2EIhw0

残り体力/所持豆数

奉太郎:残り体力4/豆の数9

摩耶花:残り体力3/豆の数10

里志:残り体力5/豆の数8

える:残り体力4/豆の数7


第3話
おわり


123: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:35:21.57 ID:glc2EIhw0

以上で第3話、終わりとなります。

乙ありがとうございました。




124: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:37:27.37 ID:glc2EIhw0

そして秋の夜長に一つ短編でも投下致します。

書きながらになるので少し、投下遅いですが……良ければお付き合いください。

*古典部の日常とは無関係となります。

タイトル
える「お久しぶりです」


126: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:39:22.05 ID:glc2EIhw0

奉太郎「そうだな」

える「一年ぶりですからね」

奉太郎「大人になったしな、仕事がどうにも忙しい」

える「ふふ、高校の時からは考えられない台詞ですね」

奉太郎「……だな」

える「この縁側でお話をしていると、丁度10年前を思い出します」

奉太郎「……10年前となると、高校三年の時か」


127: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:41:02.88 ID:glc2EIhw0

える「ええ、あの日も確か……今日の様な月が綺麗な日だったのを覚えています」

奉太郎「秋で縁側……あれか」

える「思い出しましたか?」

奉太郎「……いい思い出では無い、かな」

える「……そうですか」

える「あの日は確か、私に用があると言って家まで来てくれたんでしたよね」

奉太郎「そうだったかな」


128: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:42:22.30 ID:glc2EIhw0

える「そうですよ」

奉太郎「……お前がそう言うなら、そうなんだろうな」

える「ふふ」

える「用事は確か、告白でしたね」

奉太郎「……そうだな」

える「この縁側で、私は好きだと言われました」

奉太郎「……ああ」


129: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:43:26.01 ID:glc2EIhw0

える「あの時は、とても驚きましたよ」

奉太郎「なあ、もうやめないか」

える「いいえ、思い出に浸りたい気分なんですよ」

奉太郎「……」

奉太郎「お前の返事は……」

奉太郎「許婚が居る、って返事だったな」


130: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:44:55.18 ID:glc2EIhw0

える「……覚えているじゃないですか」

奉太郎「……そうだな」

右後ろから、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

奉太郎「呼ばれているぞ」

える「……その様ですね」

える「では少し、席を外しますね」

奉太郎「……ああ」


131: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:45:55.40 ID:glc2EIhw0

える「戻りました」

奉太郎「早いな……って」

奉太郎「連れてきたのか、その子」

える「ええ、月を少しみせたくて」

奉太郎「……そうか」

える「……私には」


132: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:47:11.86 ID:glc2EIhw0

える「旦那さんが居ないこの家は、少し広すぎます」

奉太郎「……そうだろうな」

える「……一人で子育ては、中々大変ですよ」

奉太郎「……そう、だろうな」

える「辛い時も、ありますよ」

奉太郎「……そうか」


133: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:48:26.99 ID:glc2EIhw0

える「ふふ、そればっかりですね。 さっきから」

奉太郎「……悪かったな」

える「今日の月は、今までの中で一番綺麗かもですね」

奉太郎「ああ」

奉太郎「っと、もうこんな時間か」

える「また、お仕事ですか」

奉太郎「まあ、忙しいからな」


134: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:49:44.80 ID:glc2EIhw0

える「次に神山市に戻ってくるのは、いつですか?」

奉太郎「多分また、一年後だろう」

える「そうですか、ではまた一年後に会いましょうか」

奉太郎「……俺は」

奉太郎「俺は、いいのかな」

える「何がですか?」

奉太郎「お前に顔を合わせる権利が、俺にあるのか」


135: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:50:57.85 ID:glc2EIhw0

える「……ありますよ」

奉太郎「悪い事をしているようで、気が気じゃないんだよ」

える「そんな事……無いです」

奉太郎「……そうか」

奉太郎「……すまんな、そろそろ行くよ」

える「ええ、お仕事頑張ってくださいね」

奉太郎「ぼちぼちな」


136: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:52:08.35 ID:glc2EIhw0

俺はそう言い、その家から出て行く。

次に会うのは一年後か。

そういえば今年は、里志と伊原……今は二人とも福部か。

あいつらに挨拶をできなかったな。

……まあ、来年でいいか。


137: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:54:00.32 ID:glc2EIhw0

この俺の適当さが、今の状態になっているのかもしれない。

まあそれも、全て俺への罰なのかもしれないが。

怠惰が過ぎると、随分と痛い目を見る事になると今更ながら理解する。

とにかく、これで神山市にはしばらく帰って来れない。

また昔みたいに、四人で遊びたいが……そうもいかないな。


138: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:56:36.45 ID:glc2EIhw0

……仕事、頑張らないとな。

俺は少々の名残惜しさを残し、神山市を後にする。

今まで怠けていた分、体を動かさないとどうにかなってしまいそうだ。

車で何日か掛けて、遠い地へと向かう。

今日は本当に、月が綺麗だ。

あいつと、その子供の為にも……頑張るか。

大好きな嫁と、俺の子供の為にも。


おわり


139: ◆Oe72InN3/k 2012/10/04(木) 23:57:41.06 ID:glc2EIhw0

以上で終わりです。
ありがとうございます。




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